Fumiko Saburi | CalligraTalk

Date : 2015年12月

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LAR 2015 Annual Juried Issue


だいぶ過ぎた春の出来事・・・Letter Arts Review 2015 アニュアル号[29-1] に、今年も作品を2点載せていただけておりました。

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作者不詳の言葉を描いたもの(下)と、

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ピエール・ド・ロンサール「恋愛詩集23」を描いたもの。

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裏表紙にもちらり。

「作者不詳の言葉」は、2007年にベルギー・ブルージュにあるマンナ・アートセンターでもらった栞に書かれているもの。原文はフラマン語で私は持ち帰っただけでしたが、別の日に行かれた友人カリグラファ米谷明香さんがマンナのスタッフが教えてくれたという英訳と、彼女自身による美しい和訳を綴られていて、色々いっぱいいっぱいだったその時、この優しい文章にひととき助けられました。


ちなみにブルージュへ行った理由は、East Writes West(略:EWW) という日本人対象のカリグラフィ公募展が開催された関連です。私はがっつり運営委員でもありました。リンク先に経緯や情報が網羅されていますので、フレームなど使っている古く拙いサイトですが、ご興味があればご覧ください。

EWW は Brody Neuenschwander 氏が当時の日本のカリグラフィ界に、「コンペティションという形に慣れていこうよ (でないと世界には出られないぞ)」 と提案してくれたものだと私は思っています。
仲良しなのも教室展も幸せだけれど、そろそろ次の一歩も踏み出さないか?僕が選考役なら落とされても文句は出ないだろう、憎まれ役になってあげるから挑戦しようよ、と。
結果、アーティストとしては、痛みを知る側にはならなかったけれど、落ちる可能性への覚悟は学ばせてもらった。 そして運営側としては、大事なのは公平性・公正性だと学ばせてもらった。
この頃はまだカリグラフィ界はカリグラフィ界の中だけで完結していて、デザイン界やタイポグラフィ界等との繋がりはなく、運営委員間の権威欲・名声欲・コネクション欲などが存在しなかったから、情報操作や隠し事・私物化をし始める人もまだおらず、応募者に対する公平性・公正性だけを考えれば良かったのだけど、それでもかなり気を遣った。運営に尽力したのに自分が落ちたらくやしすぎるし、応募者には運営委員も選考で優遇されないことを示さないといけないし。
アーティストが運営側を兼ねるという形はいろいろな点で難しいものですが、EWWの運営をやりがいをもって完遂できた一番の理由は、アーティストとしても運営スタッフとしても公平性や透明性がきちんと守られていたから。 ブロディの意図を受け留めたぞ、という自負とともに、EWWで学ばせてもらった大切なことはこれからも、私自身は崩れないと思います。


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《ルール・デュ・ポエット》 ありがとうございました


LdP_blog02.jpg

遅くなりましたが、霧とリボンさま企画展 《ルール・デュ・ポエット》 無事に終了しました。
(画像は霧とリボン様のブログより)


前回の個展の際、描きたい題材は集まっているんだけど作品のイメージが湧かず、どうしようどうしようという状態のまま会期が来てしまい、個展なのに作品数が少なくて、会期中は裸でさらされている気持ちで、消えたかった。原因はたぶん、商業仕事に比重を置きたい、置かなくてはいけない時期だったせい。それで、次はもう何年あいてもいい!気が向いたら作る、でいい!次の個展予定を決めなければと思うのもやめる!(でも自分の作品をつくる活動をやめることは絶対にない!)と決めて一年半。 ミストレス・ノールさんのお誘いだけは何があっても受けたいので迷わず参加のお返事をしたものの、その一年半の間に作ったのは個人的なプレゼント1点のみで、何も克服できていない。できるかなあと怖かった。
でも、私はノールさんが生み出される企画が大好き。 永井さんの作品も大好き。ヴェルレーヌとヴィヴィアンの詩を繰り返し読むうちイメージは沸々と湧いてきて楽しくなって。 それまで頑なだった “シュミンケ・カリグラフィーガッシュしか使わない” こだわりもどこかへ行っていて、他の画材が自然に出てきた。ある意味個展以上に大切なノールさん企画がリハビリになるのは嫌だな・・・と思っていた気持ちもどこかへ行って、展示した5点それぞれで何かしら初めてのことをやってみたくらいに、やっぱり作品づくりって楽しい!と思うことができました。 わざわざ自分で負った傷は、傷跡は心にがっつり残っていますが、これを書けるくらいには癒えたみたいです。

商業仕事と作家活動の歯車は、両方をやりたいなら今後も常にある課題(時間配分やスケジューリングの話ではなくて、心のバランスのこと)。 日々のカリグラフィ基礎練習も大事。その3つが噛み合って回り続ければ他には何もいらない。・・・頭の中の作品イメージを実現できるかどうかは別問題で、自然治癒はしないので、そこもまだまだ課題です。



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( 『涙あふるる我が心』 部分|鉛筆、透明水彩|個人蔵となりました)


そんなわけで、作品ができなかったらどうしようトラウマを引きずっていたため、もう少しめどが立ってから、もう少し・・・と思っていたらDMの投函が会期前日になってしまい、「展覧会DMが届いて見たら、えっ 今日から?!」 というありえないお知らせになってしまったにもかかわらず、たくさんの方がお越しくださり、反省とともにとても感謝しております。

お越しくださった皆様、煌めくハードルと燃料(常に超絶スーパーハイオク)を目の前に投下してくださるノールさま、鉛筆の風をそよがせてくださった永井さま、フランスに眠るヴェルレーヌとヴィヴィアンにも、ありがとうございました。


ちなみに、一年半の間に作った1点、というのは、Hermann Zapf 氏へ贈らせていただいたもの。 お誕生日を祝う作品をお贈りできる機会を2013年からいただけて2年目でした。5年も10年も続いてほしいと願っていましたが、Zapfさんは今年亡くなり、去年が最後になってしまいました。 テーブルに飾ってくださっていたと伺い、ひとときでも楽しんでもらえたなら良かった、と思っています。


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Fumiko Saburi

Author:Fumiko Saburi
東京在住のカリグラファです
Website: fumikosaburi.com
Place: Tokyo

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